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テロから8年・・

9.11のテロから8年がたちました。

当時、アメリカにいましたので鮮明に覚えています。

当初はいったい何が起こったのやら、映画でも見ているかのような信じられない映像が

次々と流れていました。

それからアメリカがテロとの戦いとの名目で戦争をしかけて、テロとの戦いは泥沼化し

ていきました。

報復には報復を、連鎖は絶えることはありません。

一体いつまで繰り返すのでしょうか。

親鸞聖人の師匠である法然上人の少年時代の話を思い出さずにおれません・・・

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
●法然上人の父

父親の遺言が、子供の一生を誤らせなかった・・・。

漆間時国(うるまのときくに)は美作国(岡山県)久米の押領使であった。兵を率いて

領内の治安を守る役人である。

 しかし、保延7年(1141年)の春、かねてから不和であった、この地の支配者の

夜討ちに遭い、あえない最後を遂げた。武士たるもの、戦場で果てるならいざ知らず、

寝込みを襲われたのでは、痛恨の極みであろう。

 時国の子・勢至丸は、この時、数え9歳であった。幸いにも、物陰に隠れて難を逃れた。

賊が去ってから、瀕死の父の元へ駆け寄り、

「必ず、勢至丸が、父上の恨みを晴らしてみせます」

と敵討ちを誓うのであった。

しかし、父は、苦しい息の中から、こう諭した。


「決して犯人を恨んではならない。

私が非業の死を遂げるのは、前世

からの種まきの結果であり、因果

応報なのだ。もし、そなたが敵討ち

をすれば、相手の子供が、またそなた

を敵と狙うだろう。敵討ちが幾世代にも

続いていく。愚かなことだ。父のことを思っ

てくれるなら、出家して、私の菩提を弔い、

自ら仏法を求めてくれ」


この父の遺言に従って、勢至丸は、仏法を求めるようになった。後の法然上人である。

やられたらやり返すのが、世の中の常。だが親は、そんな悲惨な道へ、子供を進ませる

ことはできない。 (一万年堂出版「親のこころ」より)

言うは易く行うは難し、この法然上人のお父さんのように皆がなれば世の中も変わるに

違いありません。
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