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白骨の御文章

さやえんどう

今日もDさんが手作りお菓子を作ってきて下さいました。

今回のお菓子はさやえんどう風のおお餅で中の餡子がちゃんと豆のように分かれている細かな気配
りをされています。オリジナルのお菓子でいつもみんな、お店で売っているようだと驚いています。
今日のお話は後生の一大事について。白骨の章のお話を聞かせて頂きました。

「白骨の御文章」

それ、人間の浮生なる相をつらつら観ずるに、おおよそはかなきものは、この世の始中終、まぼろしのごとくなる一期なり。されば、いまだ万歳の人身をうけたりという事をきかず。一生すぎやすし。いまにいたりてたれか百年の形体をたもつべきや。我やさき、人やさき、きょうともしらず、あすともしらず、おくれさきだつ人は、もとにしずく、すえの露よりもしげしといえり。されば朝には紅顔ありて夕べには白骨となれる身なり。すでに無常の風きたりぬれば、すなわちふたつのまなこたちまちにとじ、ひとつのいきながくたえぬれば、紅顔むなしく変じて、桃李のよそおいをうしないむるときは、六親眷属あつまりてなげきかなしめども、更にその甲斐あるべからず。さてしもあるべき事ならねばとて、野外におくりて夜半のけぶりとなしはてぬれば、ただ白骨のみぞのこれり。あわれというも中々おろかなり。されば、人間のはかなき事は、老少不定のさかいなれば、たれの人もはやく後生の一大事を心にかけて、阿弥陀仏をふかくたのみまいらせて、念仏もうすべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。                                 (御文章5帖目16通)

美しい流れるような文章で、切々と無常を訴えておられます。500年前の蓮如上人の時代も今日もまったく変わりません。行って来ますと元気に家を出掛けた人が変わり果てた姿になって帰ってくる。
どんなに鍛え上げてた肉体を持つ人も、やがては年老いて、肉体も衰えて、息絶え、最後はひとつまみの白骨となってしまう。永遠の別れがやってくる。これほどの一大事はありません。
この厳然たる無常を知らされれば、何をなすべきかが見えてきます。
今年に入ってからも親しくしていた人が何人も亡くなっています。急がねばならないと思わずにおれません。
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