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無財の七施

大田市の名所といったら何と言っても石見銀山です。2007年に世界遺産に認定されてより整備が進み、観光客も増えました。世界遺産に認定されるまでの道は険しく、一度は選考から外れましたが、市長を初め、関係者の方の尽力により、見事、認定されました。
文化遺産としては、日本で10箇所しかない世界遺産が、島根県の大田市にあるということはすごいことだと思います!江戸時代には銀山周辺で20万人もいたというから驚きです。(江戸でさえ40万人でした)
4月25日には石見銀山とイオンが提携して「石見銀山ワオン」という電子マネーが発行されるようになりました。盛り上がっています。

石見銀山

大田の顕正室では月一度、大掃除をしています。今日は天気が良く、外の掃除もはかどりました。昼にはTさんが作ってくれた御汁を頂きました。鶏肉のだしがきいて美味しかったです。大田の親鸞学徒の皆さんはとても仲がよく、雰囲気がいいです。
昼からは布施について学びました。
無財の七施について心がけ一つでどれだけでも布施が出来るということを高森先生のこんなことが知りたいから学びました。その内容です。

「長者の万灯よりも貧者の一灯」
 と言われますように、仏法で教える布施の行為はその心にこそ重要な意味があるので
 す。たとえ金銭や物質に恵まれていない人でも、布施をしようという精神さえあれば
 立派にできる行為なのです。
  その仕方を教えられたものが、『雑宝蔵経』に説かれている有名な無財の七施とい
 う教えです。
  これは金も財産も名誉も地位もない人でも、布施をしようという心さえあれば、七
 つの施しができるということです。
  眼施、和顔悦色施、言辞施、身施、心施、牀座施、房舎施の七つがそれです。
  第一の眼施といいますのは、やさしい暖かい眼ざしで周囲の人々の心を明るくする
 ように勤めることです。
 「眼は口よりも物を言う」
 とか
 「眼は心の鏡」
 とも言われますように、人間の眼ぐらい複雑な色合いを写し出すものはありません。
 その眼に湛えられた和やかな光は、どんなにか人々を慰め励ますことでしょうか。
 特に過失を犯して悲愁にくれている時などは、更生への愛撫となりましょう。
  次の、和顔悦色施といいますのは、優しいほほえみを湛えた笑顔で人に接すること
 をいいます。
  心からの美しい笑顔こそ正に人生の花でありましょう。
 純粋無垢な笑顔に接する時、人は一瞬人生の苦労を忘れ、生き甲斐さえ感じます。
 笑顔は周囲全体を和ませ、トゲトゲしい対人関係をスムーズに致します。
  第三の言辞施は、優しい言葉をかけるように勤めることです。
 ツルゲネーフがある時、玄関先に立った乞食に何一つ与えるものがなかったので、済
 まないの念い一杯から、乞食の手を握りしめて
 「兄弟 !!」
 と涙ぐみました。
 永年乞食をしている間、種々のものを貰ったが、あの時程うれしいことはなかったと
 乞食は述懐したといいます。
  心からの優しい言葉はどんなに相手を喜ばせるか、計り知れないものがあります。
  第四の身施は肉体を使って人のため、社会のために働くことです。
 いわゆる無料奉仕することです。
  次に心施といいますのは、心から感謝の言葉をのべるようにすることです。
 「有難う」
 「済みません」
 たった五字の音声ですが、この世の中をどんなにか住みよく明るくするか知れません。
  第六の牀座施は、場所や席をゆずり合う親切をいいます。
 乗物の座席の取り合いから、権力の座の争奪に到るまで、今日の世相をみましてもい
 かに牀座施が必要かが知らされます。少しでもこの牀座施があれば、この世はどんな
 に素晴しく気持よく変ることでしょうか。
  最後の房舎施は、求める人、尋ねて来る人があれば一宿一飯の施しを与え、その労
 をねぎらう親切をいいます。
  以上のように私達に布施をしようという精神さえあれば、どんな人でもいつでもど
 こでも出来る善行が、布施行であることがお判りになったと思います。
  蒔かぬ因は生えませぬ、知らされたら直に実行に移しましょう。
 
皆さんの顔が明るくなり、元気になりました。
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